拓馬篇-8章◇ - 木瓜咲く

拓馬篇-8章◇

2018年7月13日金曜日

拓馬 長編拓馬

 一体の異形が覚醒する。異形は自分が寝ていたことを不可解に思った。だがこの場に居心地のよさを感じるせいで、その疑問は簡単に思考の外へいった。
 消耗していた精気が満ちていく。この感覚は故郷のそれと似ていた。しかしながら周囲の景色は異形の故郷にはない、異世界のもの。
「学校……ですか」
 異形は頻繁に世界を越えた探索を行なっている。その経験ゆえに、この世界と国に共通する造形を知識として蓄えていた。しかし現在いる場所は元の世界の空間と異世界の様相が混じっている。それと似た場所は、記憶から取り出せないでいた。
 室内にはいくつもの机と椅子がならんでいる。常人が通る幅を空けて整列しているため、人ではない異形の体では身動きがとりにくかった。いつもは精気の消耗をおさえる精神体で活動するのだが、なぜかその形態変化が自然にできない。やろうと思えば無理矢理にできそうだ。とはいえ、そうする必要性を感じなかった。気になる人間が、目の前にいる。
 男女の子どもが床に伏している。異形はそのどちらにも関心を持った。二人を観察するために、異形は小柄な飛竜──といっても人間の背をかるく超える姿──でいた体を人型へ変貌した。同時に視界が赤くなっていく。これは赤い眼鏡だ。人型では自身の特異能力がうっかり発動しやすい。それを防ぐ対策だった。
 人に化けた異形は二人を見比べた。そのうち、一方の顔貌に心をうばわれる。
「おや……うるわしの魔王サマに似ておいでだ」
 その王は長らく人型の器のみ封じられ、現存している。器をうごかしていた中身はいずこかへ追放されてしまった。ひょっとするとこの者が、と期待せずにいられない。しかし他人の空似である可能性もじゅうぶんあった。この子どもらの世界では、中身が入れ物へ影響をおよぼすことは考えにくいからだ。
 こんなふうに興味深い人間を発見した時、異形はよくその相手を故郷へ連れ去る。拉致したとしても彼らへの実害はあまりない。その肉体はこの世界にとどまったまま、精神のみが世界を越える。いわば明晰夢を見ているような状態だという。そして体と心が分離している間は時間の経過がほとんどないのだと、知り合いの人間によって知り得ていた。
��運がわるかったら死にますけどね……)
 と物騒なことも思いつつ、異形は倒れている二人の観察をやめた。また別の人ならざる者が室内に現れる。そいつは黒く丸い頭を床から出してきた。頭には眼孔のような緑色の光が二つある。
「アナタはだれです?」
 人型の異形は返事を期待せずに質問した。黒い異形は「わかんない」と子どもじみた口調と声で回答をする。知能は高くないようだ。それはある点において長所である。虚言を吐ける器用さはないという意味での信用があるのだ。
「ねえ、ここからでたい?」
 脈絡のない会話だ。しかしこの言葉のおかげで、竜であった異形は自身の置かれている状況を理解した。
「あなたはでていいんだって」
「ほう。ではこの人間たちはここに閉じこめておく、と?」
「うん、だいじなようじ、ある」
 その用事次第では引き下がれない。この子らは今回の遠征で見つけた上物なのだ。みすみす見殺しにはできない──その感情は義憤でも博愛でもなく、純粋な自己の悦楽のために起こるものだ。
「人間をどうするつもりです?」
「わかんない」
 まことに知らされていないのだろう。無知な者に質問をかさねても無意味。親玉に直接聞くべきだと、老練な異形は見切りをつける。
「ではアナタに命令をくだす者に会わせてください」
「ここをでる?」
「いえ、お話を聞きたいのです」
 黒い異形の片目が青色に変化する。その状態でだまってしまった。これが親玉との連絡を取る仕草なのかもしれない。
「だめみたい」
 片目が変色したままの返答だった。親玉との通話は継続中のようだ。
「おやおや、つれないことを言いますね」
「あなたはキケンだって……」
 その評価は的確だ。人と化す異形は数あれど、その中でも最上位に有力かつ凶悪だと言い伝えられている存在──そんな大物が招待客にまぎれたのだから。
「『なにをされるかわからない』と警戒しているわけですか。それでワタシをとっとと追い出そうとするのですね」
「そうかも」
 素直な返事だ。いささか反応が無邪気なのが物足りないが、適切な対応を受けた異形は口角を上げる。
「ではこうします。ワタシがじきじきにお会いしにいきますよ」
 危険因子と見做された異形は会話を打ちきった。人間の子らを室内に残し、ほかの場所へ移動する。引き戸を開けた途端、廊下には黒い異形が数体うろつくところを目撃した。それらはさきほどの話し相手とはちがい、異種族への反抗心を放っているように感じる。
「ふむ、たくさん仲間をお持ちのようで……」
 取るに足らない障害だ。人型の異形は堂々と歩きはじめた。



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