拓馬篇-7章5 ★ - 木瓜咲く

拓馬篇-7章5 ★

2018年7月8日日曜日

拓馬 短縮版拓馬 長編拓馬

 拓馬たちが大男に大敗を喫したあと、なんの進展もなく時間が経過した。とうとう期末試験の期間に突入する。この時期は多くの生徒が愚痴っぽくなる。だれしも無残な試験結果を残したくないのだが、かといって万全の試験態勢でいどめるほどの勉強はしたくない。その葛藤が不機嫌な態度にあらわれた。
 試験のさなかでも平素と変わらぬ生徒はいる。普段から学習を続けている勤勉な生徒と、なるようになると諦める生徒と、赤点をとらない程度の試験範囲をきっちり把握する生徒。拓馬の場合は赤点の回避対策をしている、そつのない生徒だ。それゆえ試験に対する不安はかきたてられなかった。唯一の不安をあげるとすると、それはヤマダの英語の試験結果だ。彼女は筆記の試験になるとあまり点数がのびない。言語分野を感覚で理解するせいで、正確な読解や文法問題は苦手なのだ。
 ただし今回は彼女の試験結果が良くなる見通しがある。英語の試験内容の大半は直前の授業で教わり、一字一句変更なく試験に出すという。これほど広範囲の正確無比な「ここ試験に出るよ」発言はいままでの英語の授業にはなかった。答案作成者が新人の教師であり、彼が今期を最後に退職することもあって、ご祝儀的な試験になったらしい。英語が苦手な生徒にはよろこばしいことこのうえない。
 本日最後の試験は英語。その直前、生徒たちは休憩時間を利用して、最後の追い込みにかかる。赤点を回避できる答えを写したノートを見返すのだ。ヤマダもご多分にもれず、ノートを穴が開くほどにらんだ。
 数名の試験監督者が廊下に出てくる。生徒は指定の席にもどり、配られた裏返しの問題用紙と答案用紙を机上に置いた。
 スピーカーから試験開始の合図が鳴る。一斉に生徒が裏返しの用紙を表にする。そこには事前に提示された通りの出題が半数あった。
��よし、これなら大丈夫)
 今回の試験はやさしいと拓馬は確信し、快調に問題を解きすすめた。
 告知にあったままの解答部分を書き終える。気持ちに余裕が生まれた拓馬はちらっとヤマダの様子を見る。いまごろは授業で知らされなかった難問に直面し、頭を抱えていると想定したが、ちがった。頭を抱えるどころか机につけている。どうも寝ているらしい。
��いま居眠りするやつがあるか?)
 試験監督の女性教師がその異変に気付いた。この教師は前年度に拓馬とヤマダの担任をしていた人だ。教師は教壇を離れ、ヤマダの肩をゆすった。効き目はないが、監督者は過激な叱咤ができなかった。それは教師の温柔な性格が関係するものの、最大の理由はこの場の雰囲気だ。静寂を求められる試験環境が災いし、とうとう教師はヤマダを放置した。
��最低限のところを書けてりゃいいが……)
 拓馬は動揺をぬぐえないまま、残りの解答に集中する。薄情だが共倒れをする意味もないので、ここは最善を尽くした。
 試験終了のチャイムが鳴る。答案が回収され、ほぼ全員が満足のいく解答ができたおかげか室内はなごやかな雰囲気になる。その中でヤマダだけは気が滅入っていた。彼女は空欄だらけの答案を提出したのだろう。休憩時間になってから、拓馬は彼女の体調を尋ねる。
「お前、寝てただろ。調子よくないのか?」
「わたしは健康だよ。だけど……テスト中にちょっかいかけられて」
「まさか、例の……」
 ヤマダはうなずく。試験中に何者か──おそらくは精神体の大男──に力を奪われてしまい、居眠りをしてしまったらしい。
「試験が終わるまで、シズカさんの友だちに守ってもらおうかな……」
「ああ、俺からシズカさんに伝えておくよ」
「おねがいね。てっきり夜にだけ活動するもんだと油断してた」
「俺も、ちょっとは常識あるやつかと思ってたが……こんないやがらせをしてくるとは」
「悪気があったかはわかんないよ。死にそうなくらいお腹がへってたのかも」
 ヤマダは異形への寛容な理解を示した。たったいま不利益を被ったにもかかわらず、加害者に嫌悪する様子がない。ひとえにヤマダの鷹揚さがなせる反応だ。
「人がいいな、ほんとに……」
 ほめたつもりだったが、ヤマダの浮かない顔は変わらない。彼女は「ああー」と悲嘆に暮れながら突っ伏す。
「追試か……」
 まぬがれ得たはずの好機を失った失望感は大きい。拓馬は彼女の肩に手を置く。
「試験がぜんぶおわってから落ちこめ」
 試験は明日明後日と連続していく。今回の被害を最小限にとどめるには、とっとと気持ちを切り替えるほかない。ヤマダとてそのことを頭で理解できているだろうが、なかなか実行できずに顔を伏せっている。見かねた拓馬は彼女を元気づけるものをエサにする。
「昼飯食ったら、うちにこい。気がすむまでトーマと遊んでいいぞ」
 落胆中の女子が顔を拓馬に向けた。その片頬はいまだに机と密着している。
「うん。癒されにいく」
 承諾はとれたが、傷心中の女子が席を立つ気配はなかった。
「俺は帰るからな」
 拓馬はそう告げて、帰り支度をした。鞄に荷物を詰めおえた際にちらっとヤマダを見る。机に伏せる姿勢は同じだが、顔は反対を向いていた。まだ帰宅する意思はないらしい。
��ほっといて平気かな……)
 時間つぶしがてら、この場でシズカへの諸連絡をひそかにやっておいた。が、それが済んでも幼馴染にうごきはなかった。仕方なく拓馬はひとりで家路についた。



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