拓馬篇-2章4 ★ - 木瓜咲く

拓馬篇-2章4 ★

2018年2月5日月曜日

拓馬 短縮版拓馬 長編拓馬

 補習の夜、拓馬は自室のパソコンの電源を入れた。目的は古典の授業の予習をすることと、知り合いと連絡をとること。連絡相手は他県に住む寺の人で、現役の警官だ。なにかと厄介事を抱えがちな拓馬にとって、この警官は守り神のごとき存在だった。
 拓馬が予習作業を続けていくとピコピコと音が鳴る。音声通信を打診する音だ。拓馬は作業を中断し、マイク付きのヘッドホンを用意する。そして通信の許諾ボタンを押す。
「シズカさん、こんばんは」
『こんばんは、拓馬くん。いまはなにをしてたんだい?』
「古典の予習を……」
『お、えらいね。勉強の邪魔はしないほうがいいかな』
「いえ、平気です。もう終わりますから」
『そうかい。なら聞きたいことをひとつ』
 シズカのこの言葉は、拓馬との音信不通の期間が長かったときによく出てくる。
『二年生になって、変わったことはある?』
 問われた拓馬はひとりの新任教師と二人の転校生を連想した。いずれも個性的な人物だ。彼らの紹介をしようかと思ったが、そのうちのひとりが何者かに襲われたことを思い出す。それこそが本日シズカに連絡すべきことだ。
「転校生の男子が最近、不審者に襲われたんです。夜に走っていたら急に、という話で」
 シズカは早速この事件を追究してきた。しかし情報がすくない状況ゆえに、事件解決の糸口は一切見えてこない。
『わかった、未知数の事件なんだね。いまから友だちをそっちに送るよ』
 シズカの言う「友だち」とは特殊な動物を意味した。シズカの目となり手となる、変わった生き物で、シズカの本業で役立つ存在である。そのことを知る拓馬は気が引ける。
「え、でも、深刻な騒ぎじゃないんですよ」
『ここ一ヶ月くらい送ってなかったから、ちょうどいいんじゃないかな』
 拓馬は断る理由もないので承諾した。シズカが『そっちに着いたら連絡をちょうだい』と言い、通信が中断する。拓馬は耳にあてていたヘッドホンを首にかけ、椅子の背にもたれた。
 このような派遣は過去に何度かあった。そのときも拓馬の近辺に変事があり、シズカが対応した。別段拓馬に危険がせまるような出来事ではなかったのだが、シズカは親切に対応してくれる。今回の協力姿勢といい、彼はつくづく人が良いのだと拓馬は思った。
 拓馬が思いふける中、ガラス窓の叩く音が聞こえる。拓馬は部屋の窓を見た。そこに白い羽毛を持つ烏と、白い毛皮の狐がいた。拓馬が再度ヘッドホンを装着し、通信を始める。
「着きました。白いカラスとキツネです」
『白いキツネのほうがお世話になるよ。その子は調査半分、ヤマダさんにベッタリが半分になるかな』
『ヤマダを? なんでまた──』
 ヤマダは今朝、成石に被害状況をたずねていた女子。彼女は成石の事件になんら関わりがない。そんなヤマダを守る意味とはなにか。そう拓馬が問いかけたのを、シズカは笑う。
『あはは、そのキツネはヤマダさんを気に入ってるんだよ』
 大した理由ではないらしい。そう言うとシズカはまた連絡をしてほしい旨を告げ、通信を終えた。

 拓馬は一番にやりたかった目的を達成できた。ふーっと一息つく。そうやって小休憩していると、部屋の戸が叩かれた。縁の太い眼鏡をかけた中年が戸を開ける。彼は拓馬の父だ。興奮ぎみに「白い狐がいたぞ! お稲荷様かな?」とはしゃいだ。拓馬はその喜色に水を差す事実を告げる。
「ああそれ、シズカさんの」
 父が一転して、不安そうな顔をする。
「若いお坊さんの? また……厄介なことが起きたのか」
「そんなオオゴトじゃないよ。父さんは心配しなくていい」
 父は息子の言葉を信用しきれない様子で、顔をしかめた。拓馬が無理に笑顔を作る。
「大丈夫だって。シズカさんの手にかかれば悪党も悪霊も逃げていくんだからさ」
 正確にはシズカではなく、その友が悪者を退治する。この際、同じこととして扱った。
「……わかった。邪魔したね」
 父は戸を閉めようとして顔をそむけた。ぴたっと動作が止まる。
「あの狐は人に姿を見せないつもりかな。まえに、野良猫を装う猫がきたけれど」
「そうだと思う。町中に野良狐がいちゃ、目立っちまうもんな」
「それなら知らんぷりをしておこうか。私たちには区別がつきにくくて、すこし困るよ」
 父は冗談のように本当のことを言い、戸を閉めていった。



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