短縮拓馬篇-2章3 ★ - 木瓜咲く

短縮拓馬篇-2章3 ★

2019年7月1日月曜日

短縮版拓馬 長編拓馬

 今日は授業が午前中で終わる土曜補習。一日の余暇時間が多い日ゆえに、生徒らは活気づく──のが通例だった。拓馬が登校したところ、教室内には異質な空気がただよう。同級生たちが不安そうに話し合っているのだ。
��テストでもやるのか?)
 成績にかかわる授業がある日は生徒たちがざわつくものだ。ただ、拓馬はそんな授業があるとは聞いていない。そこで拓馬は友人たちに「今日はなんかあったっけ?」と質問をする。質問相手は、たまたま拓馬と目があった長身の女子と小柄な女子だ。
「あったのは昨日!」
 長身の女子が答えた。彼女は千智といい、なぜかにらむように拓馬を直視する。
「昨日の夜に襲われた生徒がいるんだって」
 拓馬が想定した答えとはかけ離れた、物騒な出来事だ。拓馬はにわかに信じがたい。
「襲われたぁ? だれが?」
「うちのクラスのスケコマシよ。転校してきたばっかりなのに運が悪いわねー」
 被害者は今学期に転入してきた男子、と拓馬は察した。その男子の本姓は成石《なりいし》という。彼は女好きなようで、早くも同学年の女子たちと親しくするとか。拓馬はそんな軽薄な成石には思い入れが無いながらも、その被害状況がいかほどか、心配になる。
「襲われてどうなった? 学校には──」
 来れるのか、と噂をすれば話題の本人が入室してきた。成石は教室中の生徒の視線を一身に集める。見栄っ張りな彼にとってその注目が快感だったのか、成石は得意気に笑んだ。
��なんだ、元気そうだな)
 人騒がせなやつである。いらぬ心配をした拓馬はかるい怒りすら芽生え、あえて成石を視界の外に追いやる。この態度なら彼の不興を買えると思った。
 拓馬の反抗とは反対に、小柄な女子が成石へ駆け寄る。彼女はあだ名をヤマダといった。
「ナルくん、ケガはないの?」
「なあに、平気さ。きみはいままで僕のことを心配していたのかい?」
 ヤマダは自身のポニーテールを左右に振って「ううん」と否定する。
「それよか、どんな相手に襲われたの?」
 吊り目な彼女はそのキツそうな顔に似合う冷淡な態度をとる。だがヤマダなら拓馬と同様、被害者を案じたはずだと拓馬は思った。彼女と拓馬は幼少時からの古馴染みであり、おたがいに性格や信条を熟知する仲だ。
「余計なことを言わずに『心配してた』と言ってくれてもいいじゃないか」
 ヤマダの性情をよく知らない成石は大げさに落胆した。そこへ拓馬たちの担任の教師が教室に入る。本摩という中年の男性教師だ。白髪交じりの教師は成石の姿を認める。
「お? 成石が来ているな。その様子だと、体は大丈夫そうか」
「僕は体を鍛えていますからね」
「トレーニングもほどほどにな。危険な目に遭ってまで体力作りをするもんじゃあない」
 本摩は成石をいたわったあと、教壇に立った。教室全体を見渡し、神妙な顔を見せる。
「あー、実は昨晩ランニング中の成石が何者かに気絶させられた。今後も同じような被害が出るかもしれん。みんな、夜の一人歩きは控えるよーに」
 本摩は前列席にいる長髪の女子生徒を見た。彼女は須坂といい、成石と同時期に転入してきた。美人ではあるが社交的でなく、まだクラスに馴染めていない。
 須坂は担任から顔をそらした。これらのやり取りがなにを意味するのか、拓馬はよくわからなかった。
 突然、須坂の隣席にいる男子が大きく挙手する。
「先生、この襲撃事件は今回がはじめてですか?」
 この男子は仙谷三郎という、正義感あふれる剣道部員だ。生徒会の役員を率先して務めるところなど、とかく他人の役に立つことをやりたがる稀有な男子である。そのため人を困らせる悪党がいると聞くや、みずから成敗しに行く行動力がある。その付き添いに彼と同じ部の男子や、空手家の拓馬が連行されることがしばしばあった。拓馬はイヤな予感をしつつも、三郎の動向を静観した。
「わからん。前例があれば警察が知ってるだろうが、そんなことを聞いてどうする?」
「もちろん、不届き者を成敗して──」
「まえに不良連中とモメたのを忘れたか?」
 拓馬たちは以前、デパートの一画を占領する不良たちを立ちのかせるため、彼らと争った。この件はどこから漏れたのか校長に知られ、拓馬たちは反省文を書かされていた。本摩はそのことを言っている。
「問題を起こすと校長が黙っていないぞ」
 三郎はがたっと椅子をずらし、立ち上がる。
「では、悪人の好き放題にさせておけと?」
「そうは言わんよ。お前たちが危ない思いをする必要はないだけだ」
「我らの力を合わせれば不審者など!」
 三郎は「なあジモン、拓馬!」と前回の戦友に呼びかけた。ジモンというあだ名の大柄な男子は「おう!」と握りこぶしをつくる。対照的に拓馬は「俺も?」と他人事のように答えた。中年の教師は三者三様の生徒を見回す。
「正義感が強くて結構だ。でもな、来月に中間テストがあって、その後には体育祭が控えている。体力自慢のお前たちが万一ケガで欠場したんじゃ、クラスのみんなも面白くないだろう。犯人捜しはそのあとにするんだな」
 本摩は生徒の犯人捜索を引きとめなかった。起きた事件が一過性の出来事だと信じてか、生徒を止めても無駄だと思ったか、いずれにせよ現状は無難な説得だった。
 三郎はさきほどの勢いが削がれ、「わかりました」と言って、大人しく着席した。三郎の勝手な行動はクラス全体の迷惑になりうる、との可能性を聞いて、三郎は我を通しにくくなったのだろう。
「素直でよろしい。それじゃ、授業をやるぞ」
 本摩は話題を切り替えた。事件のない日と変わらぬ要領で、英語の授業を執る。だが拓馬の意識はなお事件に留まった。その解決ができそうな助っ人に思いを馳せる。
��このこと、シズカさんに言ってみようか)
 その予定を頭の片隅に置いておきながら、拓馬は授業に集中した。



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