クロア篇-3章6 - 木瓜咲く

クロア篇-3章6

2019年2月7日木曜日

クロア 長編クロア

「この人はティオさんって言うんです!」
 レジィは二匹の鼬を抱えながら、弓を携える男性を紹介した。ティオという弓士は思いのほか年少だ。正面から見てみると、青年というよりはまだ少年な雰囲気がある。
��レジィと同じ年頃?)
 クロアは彼を十五歳前後の若者だと思った。その若さでは実戦経験を期待できず、即戦力になるか疑念が湧く。
��でもいいわ、傭兵になれなくても武官として育てられれば……)
 その算段を秘めておき、クロアはティオの意思を確認する。
「ティオさんはレジィから依頼の件をお聞きしましたの?」
「ああ! 賊の集団をとっちめるっていうんだろ?」
「そうなのです。手伝ってくださるのね?」
「やるとも! 弓を活かせる仕事がなくて、がっかりしてたところなんだ」
 少年はやる気満々で答えた。クロアはその気鋭に水を差したくなかったが、必要な注意事項を述べる。
「けれど、無条件で雇うことはできませんの」
「まずは力比べをやるんだってな。弓だと、なにやるんだ? 的当て?」
 クロアは答えられない。今朝、頑固な老爺が試験内容を決めるように話し合ったばかりだ。具体的な試験内容は皆目見当がつかないし、そもそもまだ決まっていない可能性もある。適当なことを言うわけにはいかず、正直に事情を明かす。
「お教えしかねますわ。わたくし以外の者が取り決める手筈になっていますので──」
「じゃあ行くっきゃないんだな」
 ティオはあどけない笑顔でそう言った。クロアも同感だ。ただちに馬車に乗ろうと思ったが、なにかをやりわすれた気がして、足が止まる。
「んー、ほかに用事があったような……?」
 レジィが「組合の人へのたのみごとですか?」と言った。まさしくそれだ、とクロアは膝を打つ思いで従者を見る。
「そうだったわ。戦えそうな人がきたら、わたしの依頼を伝えてほしいとたのみたかったの」
「あたしが話しておきました」
「あら、気が利くわね」
「ティオさんに事情を話すのといっしょに、受付の人も話を聞いてくれたんです。きっとこちらの気持ちは伝わったと思うんですけど、たしかめておきます?」
「今日はいいわ。またきたときにたずねてみましょ」
 クロアはティオの情熱が冷めないうちに移動したいと考えた。さっそく屋外へ出る。組合の庭に停めた馬車へ向かった。車外で待機していたエメリと合流する。
 クロアはエメリに帰宅を要請したかった。だが御者の視線がクロアの後方にあるのを気にかけて、話しそびれた。すると後方から「うわ!」という少年の声があがる。
「なんでエメリがここにいる?」
 ティオはエメリと顔見知りらしい。当のエメリは「勤務中よ」と簡潔に言った。
 クロアとレジィはこの二人の関係を知らないので、会話に加われない。クロアがエメリに仔細を問おうとしたところ、ティオが「だって」と話を続ける。
「仕事中は屋敷の厩舎にいるんだろ?」
「外へ出る用事がなければ、ね」
「外出するときはお偉いさんを送るときだけだって……」
「貴人はあなたの目の前にいらっしゃいます」
 ティオが目を大きくしてクロアとレジィを見る。交互に二人を見たのち、クロアの全身を注視する。
「え? じゃあ……こっちの背の高い女の人が、剛力無双のクロア公女?」
「そのとおり、わたしがアンペレの第一公女ですわ」
 少年は呆けた様子で、事実を飲みこめないでいた。クロアはてっきりレジィが紹介したものだと思っており、彼女の横顔を見つめる。
「言ってなかったのね?」
「あ、そうみたいです……」
「べつにいいわ。自己紹介はいつでもできるもの」
 クロアは次なる紹介をたずねにかかる。
「ところでエメリたちはどういう間柄なの?」
 エメリが「夫の弟なんです」と答えた。クロアはその続柄に違和感をおぼえる。
「エメリの夫は馬具工房の跡取りでしょう。その兄弟も職人になるのではなくて?」
 工房の息子が戦士を目指す、という事態が現実に無くはないだろうが、アンペレの通論では少数派だ。エメリは「おっしゃることはもっともです」とクロアの認識を肯定する。
「ティオは家業を手伝いたくないんですよ」
「あら、職人にならないつもりなのね」
「はい。昔から学舎の訓練場で矢を撃ったり、友だちと剣の稽古をしたり……体をうごかすのが好きなんです」
「じっとしていられない性分なのね。なんだかよくわかるわ」
 クロアもティオと同様、武芸を好む。その性情をよく知るエメリはなつかしそうに笑う。
「お嬢さまもお裁縫や楽奏の練習より、武術の鍛錬を好まれましたね」
「まあね、戦うことがわたしの天職だと思っているもの」
「ティオも、そうなのかもしれません。うちの弟のいい稽古相手でしたよ」
 エメリには歳の離れた弟がいる。彼は将来有望な武官だ。この町における数少ない優秀な戦士である。そんな人物と親しく稽古に励んでいたというティオも、同等の強さが期待できるかもしれない。そう思ったクロアは「よくわかったわ」と機嫌よく答えた。



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