拓馬篇後記-12 - 木瓜咲く

拓馬篇後記-12

2018年10月24日水曜日

拓馬 拓馬篇後記

 道場の体験会初日から一週間が経過した。その間、シドの予定は軌道に乗った旨がヤマダから告げられた。こまかい報告はしなくていい、と拓馬が釘を刺したせいか、彼女の報告回数はすくなかった。拓馬が借り物を返却したときと、終業式で顔を合わせたとき。以後の連絡は拓馬に相談したいことができるか、事態が急変した際にすることになった。ヤマダ自身はちょくちょくシドから話を聞いているらしい。実際は聞くというよりは一緒に方策を考えている、といった感じのようだ。伝達の実態を知った拓馬は彼女に相談役を押し付けてしまったと思い、そのことをやんわり詫びた。ヤマダは笑って、
「タッちゃんにも話してから決めてたら、おそくなっちゃう。それじゃ金髪くんは待ってくれないよ」
 と現状のやり方がよいのだと肯定した。そのうえで、
「次の体験会をがんばってね。それはタッちゃんにまかされた人助けなんだから」
 と拓馬の役目を優先するように言った。その言い分はもっともなので、拓馬は大畑の手伝いに気持ちを向けた。

 拓馬は体験会二回目の準備に参加しにいった。とくに時間の再指定はなかったので、前回と同じ時刻に到着するようにした。
 道場の前にはテントが設営されてあった。受付は道場の外でやる方向のままだ。受付係が着く机と椅子のうしろに、首の高い扇風機が設置してある。その扇風機になにかをしている人がいる。
��師範代か?)
 白い頭巾をかぶった人だ。前回の大畑のファッションとはちがうが、肩幅は大畑に似ていた。
 頭巾の者が拓馬のいるほうへ振り向いた。その顔は大畑ではなかった。ごつごつとした大畑とはまったく異なる、線の細い顔立ちだ。そのまなざしはおそらく、だれもが認める美男のたぐいである。どこか女性的な顔だと拓馬は感じたが、あきらかに男性だともわかる雰囲気だ。その差異に混乱が生じる。
��あれ? なんで女っぽいと思うんだ?)
 相手はどう見ても男性特有のたくましい外見をしている。まごうことなき偉丈夫だ。女性らしさを感じる要素はないはずだが、かといって理屈に合わない直感を捨て置けなかった。
 頭巾の男性が首をかしげ、「えっと……」とつぶやく。
「きみが、指導員の男の子?」
「あ、はい……」
 正式に指導員になったつもりはないが、と拓馬は反論するのをおさえた。初対面の人とは当たり障りのない会話に努めるべき、と思ったためだ。男性は屈託なく笑む。
「高校生なんだったっけ。学校はもう夏休み?」
「はい、休みに入りました」
「休み中の予定はあるかい?」
「今日の手伝い以外は、とくに……」
「へえ、フリーなのか。夏休みには部活があるもんだと思ったけど」
 拓馬は返答に困った。現在の部活動状況は大畑に伝えていない。その関係者である男性に真実を言えば、大畑の知るところとなる。幽霊部員だと知られるメリットはあるか、と考えると、デメリットのほうがあるような気がした。
 拓馬が口ごもると人懐っこい男性は立ち上がる。肩回りの発達具合にふさわしい背の高さが顕著になった。背丈は大畑を超えているかもしれない。
「外で話すのもなんだし、中で準備しながらがいいか。ここはもうおわったから」
 頭巾の男性は自己紹介を後回しにするつもりだ。拓馬もなるべく日陰で物事をすすめたいと思うので、彼の判断に同調した。
 男性は道場の玄関をくぐった。拓馬は大人しくついていく。相手方の身分はまだ明かされていないが、あの男性が大畑の言っていた親戚にちがいなかった。彼は拓馬が思っていたよりも若く、三十代半ばな風貌の人だ。
��どっかで見たような感じがするんだよな……)
 この男性を拓馬は知らない。そのはずが、しかし見覚えもあるという違和感がせめぎ合う。
��あの目か?)
 彼のぱっちりした目に既視感をおぼえた。そこが女性的だと感じている。
��ああいう目をした女の人を、知ってる?)
 自身の直感をかみ砕いて考えてみると、その結論が浮上した。しかし該当する女性がだれかまではすぐに出てこない。
��師範代の家族の女性……奥さん?)
 しかし大畑の妻とは顔立ちがちがう。大畑の妻はけっして不美人ではないが、美人と断言するのは人によるような、クセのある外見だ。
��奥さんじゃないなら、娘さんか?)
 大畑の娘は複数人いる。まっさきに思い浮かんだのは先週見かけた長女だ。彼女はおよそ普遍的な美形である。
��あの目……師範代の娘さんと似てる?)
 大畑自慢の長女は大畑の母親に似ているという。その娘と頭巾の男性が似る事態は、二人が親戚である以上、ありうることだ。両者に共通する血筋は、大畑の母。外見の特徴をふまえると、男性は大畑の母につらなる親類だということになる。
��この人が娘さんとならんでたら、たぶん父親にまちがわれそうだな)
 大畑の長女は実の両親と顔が似ていない。それでいて、親戚の者には似る──そんな子どももいるものなのだと、拓馬は血脈の不可思議を見た気がした。



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